顔を捨てた男

2025.06.28

イベントレポート

『顔を捨てた男』川村元気氏&森直人氏&立田敦子氏 登壇イベントレポート

6月25日(水)東京都内にてトーク付特別試写会を開催。川村元気氏(映画プロデューサー、映画監督、⼩説家)、森直⼈氏(映画評論家)をゲストに迎え、⽴⽥敦⼦氏(映画ジャーナリスト)が進行役を務めたイベントのレポートをお届けします!(以下敬称略)

「不条理劇特有の映画館でしか味わえない豊かな時間。めちゃくちゃ面白い!」

◆まずは、感想から——

川村は、本作の原題「A Different Man」であることに触れ、言葉の響きが似ていることから「真っ先に思い浮かべたのは『エレファント・マン』。デヴィッド・リンチ監督に対するリスペクトや愛を感じました。時代設定は明言されてないですが、セットデザインや16ミリフィルムでの撮影も含めて1980年代ぐらい雰囲気がでていて、監督は好きな映画を再投射しているようにも感じた。僕もそういう時代の映画を見て育ったので」とコメント。また続けて、今年1月に逝去したリンチを思い出し「もういないんだという悲しさも感じた」と感慨深げに語った。

対して森は「やっぱりルッキズムとアイデンティティという主題が共通している『サブスタンス』と比べたくなる作品。『サブスタンス』は、それらをかなりストレートに扱ったパワータイプの作品である一方、『顔を捨てた男』は、自己肯定感と他者評価、あるいは当事者性と演技、倫理と道徳、ポリコレと現実など、周りに渦巻いてる多様な問題もすごく丁寧に扱っている。しかもそれが単純な二元論とか肯定否定ではなくて、皮肉な反転とか意外な衝突を繰り返すという、見事だなと思いました」と大絶賛した。

◆映画のテーマや俳優について——

立田から、クリエイター目線で本作のテーマをどう思ったか問われた川村は「まず着想がすごい!」と絶賛。「本作は、『ワンダー 君は太陽』でモデルとなった男の子が『自分が描かれている作品を劇場で観たらどう思うか?』というところから着想を得たらしいんですが、それがめちゃくちゃ面白い」と背景を明かしつつ、「自分の映画がどう観られるか、演出家としてなにをやっているのか、役者になにをやらせているのか、みたいな監督の考えがこの映画の中にも全部入っていて。それは、作り手ならではの着眼点。いろんな角度から監督の自伝をやっているように思いました」と分析。

森は「主演のセバスチャン・スタンという俳優は『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』でも、トランプにそっくりですごかったですが、聞くところによるとスタンが本作で演じているエドワードはシンバーグ監督にそっくりらしい。エドワードは監督の自画像なんでしょう」と続けた。また、劇中、キーパーソンとなるオズワルド役を演じたアダム・ピアソンに話が及ぶと、立田は「アーロン・シンバーグ監督は(口唇口蓋裂の治療を受けた)経験があり内気な性格だったが、アダム・ピアソンという当事者でありながら前向きな、いわゆる“陽キャ”な人と出会い、外見のコンプレックスが影響して“陰キャ”になったと思っていたそれまでの自分は一体何なんだ?とアイデンティティが崩壊したと言っていたようです」と監督の言葉を明かし、実体験が登場人物の設定に大きな影響を与えていると解説。

◆映画の構造について——

森が「ある種、1段目はルッキズムの話、2段目はクリエイターの話かもしれない」と話すと、立田が「すごくレイヤーがある作品」と続け、映画の構造についての話題へ。川村は「一人の人間にはいくつも人格があって、監督が自分という人格をいくつかのキャラクターに振っている。マトリョーシカのように自分を分裂させる、実はそれ自体は結構やるやり方ではあるが、監督は、この映画を通して自分は一体何になりたくて、どういう人間なのか、自分の正体を知りたかったんじゃないかと思いました。今後の作品をどういう風に生み出すかには興味があります」と語った。一方、森は『ジョーカー』を引き合いに出し、「作品の雰囲気もちょっと近くて、アーサー・フレックともどこか精神的には共鳴するようなところもあるような気がします。内面の闇を掘っていく映画という構造で。単純化せずに完成度が高いのですごい」と太鼓判を押した。

A24らしい不条理劇について——

川村「不条理劇特有の“一体自分は今、何を見させられてるんだろう”と混乱する時間って、豊かだと思っていて。映画館でしか味わえない。それは、デヴィット・リンチの映画をみていても思うことなんですけど。それを、この映画を見てる時にずっと味わい続けていました」とコメント。その後、立田から「エドワードに共感しますか?」と聞かれた森は、あまり競争社会に乗らないタイプの人間ですがと前置きしつつ、「美醜、才能、個性など敗北感は誰しも感じるものだと思います。その中で、自分の自己肯定感とか尊厳を、どう見つけていくか。この作品は、そうした本当に普遍的なものを描いている。『これは答えのない問いである、だからこそ考え続けましょう』そういうことを言っているラストだとも思った」と話した。

予定時間が過ぎるほど、濃密に作品を掘り下げたトークイベントは終了。理想と現実が反転する、究極の不条理劇(スリラー)『顔を捨てた男』は7月11日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開される。

映画『顔を捨てた男』
監督・脚本:アーロン・シンバーグ
出演:セバスチャン・スタン レナーテ・レインスヴェ アダム・ピアソン
撮影:ワイアット・ガーフィールド 編集:テイラー・レヴィ 音楽:ウンベルト・スメリッリ
製作:クリスティーン・ヴェイコン ヴァネッサ・マクドネル ガブリエル・メイヤーズ
2023年/アメリカ/カラー/ 1.85 : 1 /5.1ch /112分/PG-12/英語/原題:A Different Man
© 2023 FACES OFF RIGHTS LLC. ALL RIGHTS RESERVED. 配給:ハピネットファントム・スタジオ
happinet-phantom.com/different-man

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